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長崎地方裁判所大村支部 昭和46年(ワ)3号 判決 1972年11月30日

原告

吉野ノブヱ

ほか四名

被告

津田勇

ほか二名

主文

被告津田勇、同有限会社津田設備は、各自原告吉野ノブヱに対し金一、二三九、六八二円、原告吉野晃代に対し金一、〇三三、〇六八円、原告吉野泰三に対し、金一、〇三三、〇六八円、原告吉野常雄に対し金八二、六四五円、原告吉野ミツに対し金八二、六四五円及びこれらに対する昭和四六年三月一二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等の被告津田勇、同有限会社津田設備に対するその余の請求を棄却する。

原告等の被告津田正彦に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告等と被告津田正彦間の訴訟に関するものは原告等の連帯負担とし、原告等と被告津田勇・同有限会社津田設備間の訴訟に関するものはこれを二分し、その一を原告等、その一を被告津田勇、同有限会社津田設備の各連帯負担とする。

主文第一項に限り、原告吉野ノブヱ・同吉野晃代・同吉野泰三において、各自、被告津田勇・同有限会社津田設備に対し、それぞれ金二〇万円、原告吉野常雄・同吉野ミツにおいて、各自被告津田勇・同有限会社津田設備に対し、それぞれ金三万円の各担保を供するときは、その被告に対し、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告等

1  被告等は、各自、原告吉野ノブヱ、原告吉野泰三、原告吉野晃代に対し、それぞれ金四、四八三、六九六円、原告吉野常雄・原告吉野ミツに対し、それぞれ金四五万円、及びこれに対する昭和四六年三月一二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

との旨の判決並びに仮執行の宣言

二  被告等

1  原告等の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告等の負担とする。

との旨の判決

第二請求原因

一  交通事故の発生

昭和四五年三月三〇日午後六時五五分頃、被告津田勇運転の普通貨物自動車は、国道三四号線上を、大村市方面から諫早市方面に向け進行中、大村市蔭平郷四五の一地先路上において、同所を同方向に進行中の訴外吉野清喜運転の小型特殊車に追突しこの事故によつて、訴外吉野清喜は同年四月八日午後八時四五分、大村市久原郷一〇〇一、国立大村病院において死亡した。

二  被告等の責任

(一)  被告津田勇は、右事故の際前方注視を怠つて右普通貨物自動車を運転した過失があり、これによつて右事故を発生させたものであるから、これによる損害につき、民法第七〇九条により賠償の義務がある。

(二)  前記被告津田勇運転の車は、被告有限会社津田設備(以下被告会社と略称する)の所有であり、同車両の運行費用は被告会社の負担にかかるものであるから、被告会社は右車両の運行供用者として、自賠法第三条に基き右交通事故に因る損害を賠償すべき義務がある。

(三)  被告津田正彦は被告会社の代表社員であるが、被告会社は社員も少く、同被告の個人経営の性格が強い。同被告は右車両を日常私用にも使用しており同被告の右車両に対する事実的支配力は強い。また、被告津田勇は被告会社の従業員であるが、被告津田正彦の弟にあたり、右車両の運行については上司たり兄たる被告津田正彦の指揮監督のもとにあるものである。

よつて、被告津田正彦もまた同車両の運行供用者として自賠法第三条に基き本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

三  右交通事故に因る損害

(一)  訴外吉野清喜の損害

(1) 治療費金三五五、五五二円

同訴外人の事故後死亡に至るまでの治療費であるが、同金額は自賠責保険金により補填を受けた。

(2) 逸失利益金一四、七七一、二二九円

(イ) 右訴外人は、本件事故前原告等の住所地において、原告ノブヱ・同常雄とともに農業を自営しており、その農業経営に対する貢献度は六〇パーセント程度であつた。

(ロ) 昭和四四年度における右農業からの収入は、米の供出分金二八三、〇一〇円、葉煙草供出分金六三三、七四〇円、豚及び野菜からの収入約一、五七九、八五〇円、合計金二、四九六、六〇〇円であつた。

(ハ) 米作田の耕作面積は合計五七四四平方米であつたからこれを五七アールとして計算すれば、大村市における田一〇アール当りの米の平均生産量は四二八キログラム、その供出価額は一五〇キログラム当り二〇、二二五円であるから、右訴外人等の米作による租収入は三二八、九三九円となり、これから一〇アール当りの労働費を控除した生産費三〇、七〇八円の五七アール分一七五、〇三五円を控除した金一五三、九〇四円は右米作による収入ということができる。

葉煙草栽培による租収入は一年につき金六三六、三五一円であつて、主たる生産費六六、二四〇円を含めた生産費を右生産総額の三分の一と見ると純収益は金四二四、二三四円である。

(ニ) 養豚はいわゆる繁殖豚であつて母豚六頭が繁殖した子豚を飼育して市場に出荷するものであつた。しかして昭和四四年度に出荷した子豚数は八四頭であり、その代金は合計金一、三二九、八五〇円であつた。これに要した労働費除外生産費は平均母豚一頭当り六八、〇三六円であつたから右養豚による年間純収入は金九二一、六三四円である。

(ホ) 野菜栽培については、控え目に見ても年間約四〇万円の租収入があつたから、労働費を除く生産費をその三分の一としても野菜栽培による純収入は年間二六六、六六〇円である。

(ヘ) 従つて以上の農業経営による純収入は合計金一、七六六、四三二円となるところ、右農業経営に対する訴外人の貢献度は六〇パーセントであつたから、同人の収入は金一、〇五九、八五九円となり、同人の生活費はその三割程度であつたから、これを控除すると、同人の生前における年間純収入は金七四一、九〇〇円となる。

同人は事故当時満二八才の健康な男子であつたから、平均余命の範囲内で満六三才に達するまで毎年右同様の純収入をあげることができたところ、本件事故によりその全額を失つたこととなる。そこで中間利息を控除して、本件事故時における右逸失利益の現価を求めると

741,900×19.91=14,771,229

すなわち、金一四、七七一、二二九円となる。

(3) 訴外吉野清喜の慰藉料金一、五七九、八五九円

訴外人は本件事故につき全く過失がなく、当時妻ノブヱ(二四才)、長女晃代(一才)・長男泰三(〇才)・父常雄(五五才)・母ミツ(五〇才)・祖母キヨ(八四才)・弟清美(二三才、国鉄勤務)・弟正規(一九才国鉄勤務)・弟正剛(一五才高校生)の家族をかかえ、一家の支柱として農業に従事し、余暇には九州電力株式会社等に労働者として働き現金収入を得るなどして一家の生活を支えていたもので、本件不慮の事故によりこれらの肉親家族を残して若い生命を終ることはその苦痛甚大というべきである。その慰藉料は金一、五七九、八五九円を相当とする。

(4) 以上訴外吉野清喜の損害(逸失利益、慰藉料)は合計金一六、三五一、〇八八円はその死亡により、妻たる原告ノブヱ、子たる原告泰三・同原告晃代において各自の相続分三分一宛に応じ相続取得したが、これに対し、自賠責保険から金五〇〇万円の補填を受けたので、これを控除すると右各原告の請求金額はそれぞれ金三、七八三、六九六円となる。

(二)  原告等各自の固有の慰藉料

(イ) 原告等は本件事故により一家の支柱たる清喜を失い以後農業経営も思うにまかせず生活に困窮するに至つている。

(ロ) 特に原告ノブヱは婚姻後数年にして夫を失い、原告泰三・同晃代は幼少で顔も知らないうちに父を失つたものでその精神的苦痛は甚大である。

(ハ) 原告常雄は病弱であつて農業経営を長男である清喜にまかせ、一家の生計を同人に依頼していたものであるが、事故後原告ミツとともに、病弱かつ老令にかかわらず、その母子供・孫達のために清喜に代つてその生活を支えていかなければならない。

(ニ) 以上の諸事情を綜合して、原告ノブヱ・同泰三・同晃代の慰藉料は各金五〇万円、原告常雄・原告ミツの慰藉料は各金二五万円とするのが相当である。

(三)  葬儀費及び石塔代

原告常雄は亡清喜の葬儀の喪主として葬儀費二四九、〇〇〇円を支出し、石塔代として金二五一、〇〇〇円を支出したが、右計金五〇万円は被告会社から支払をうけた。

(四)  弁護士費用

本件事故後、原告等は再三にわたり被告三名と示談交渉をしたが被告等は全くこれに応じなかつたので、やむなく原告代理人二名に対し、訴訟行為一切を委任し本訴を提起するに至つたが、その際、原告等は一審判決と同時に勝訴額の一割相当を両代理人に報酬として支払うことを合意した。よつて原告等は被告等に対し右の範囲内において弁護士費用金一〇〇万円(原告各自金二〇万円)を請求する。

四  よつて、被告等は各自原告ノブヱ・同泰三・同晃代に対し、それぞれ金四、四八三、六九六円、原告常雄・同ミツに対しそれぞれ金四五万円、及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年三月一二日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

第三請求原因に対する被告等の答弁

一  請求原因一の事実は認める。

二  請求原因二のうち、(一)(三)は否認、(二)は認める。

三  請求原因三のうち

(1)  亡清喜と原告等との身分関係は認める。

(2)  亡清喜の治療費に関する事実は認める。

(3)  亡清喜の逸失利益に関する事実は不知。

(4)  亡清喜の慰藉料の点は争う。

(5)  相続の点は不知。原告等が自賠責保険から金五〇〇万円を受領したことは認める。

(6)  原告等固有の慰藉料は争う。

(7)  葬儀費に関する事実は認める。石塔代に関する事実は否認する。

(8)  弁護士費用については不知。

第四被告等の主張

一  被告会社は原告等に本件事故による損害の賠償として現金五二五、〇〇〇円を弁償している。すなわち、昭和四五年五月四日金二〇万円、同月二〇日金二〇万円、同月二四日金一〇万円、昭和四五年四月九日金三、〇〇〇円、同月一一日金三、五〇〇円、同年六月に金一二、五〇〇円及び金六、〇〇〇円をそれぞれ現金で原告常雄に支払つた。その内葬儀費金二四九、〇〇〇円を除く金二七六、〇〇〇円は原告等の本件損害の賠償に充てられるべきものである。また原告らは自賠責保険から金五、三五五、五五二円(治療費金三五五、五五二円を含む)の損害の補填を受けている。

二  本件事故については、訴外亡吉野清喜に過失があつた。本件事故は午後六時五五分頃発生しているが、その時刻は自動車を運転するのにヘツドライトを使用しなければならない暗さの自然的状況にあつた。しかるに、亡清喜はかかる状況下で小型特殊車を運転しているにもかかわらず、無灯火であり、さらに右小型特殊車には反射鏡は装置されてはいたが、古く錆ついていて反射鏡としての機能を全くなしていなかつたのである。これらのことは、本件事故に至る重大な原因となつているので、この過失は損害の額を算定するにつき斟酌せらるべきである。

第五被告等の主張に対する原告等の答弁

一  原告等が被告等からその主張金額の支払を受けたことは認める。しかし、現金給付中金五〇万円は葬式代として支払を受けたもので、その内金二四九、〇〇〇円を葬儀費に、金二五一、〇〇〇円を石塔代として使用した。

自賠責保険金受領の事実は認める。

二  訴外亡清喜の過失についての主張事実は否認する。

第六立証〔略〕

理由

第一当事者間に争のない事実

一  請求原因一の事実。

二  請求原因二の(二)の事実

三  訴外亡吉野清喜と原告等との身分関係、亡清喜の治療費に関する事実、及び原告等が自賠責保険から右治療費金三五五、五五二円のほか金五〇〇万円補償を受けた事実、被告等が原告等に対し、現金五二五、〇〇〇円を支払つた事実。

第二請求原因二の(一)(被告津田勇の責任)について

〔証拠略〕を綜合すれば、本件交通事故は被告津田勇が右普通貨物自動車を運転するにつき、進路前方の注視を怠つた過失によつて発生したものと認めることができる。右認定をくつがえすに足る証拠はない。したがつて、同被告は右交通事故によつて生じた損害につき賠償の責任があることが明らかである。

第三請求原因二の(三)(被告津田正彦の責任)について

被告津田正彦が被告会社の代表社員であり、被告津田勇が被告会社の従業員であることは〔証拠略〕によつて明らかであり同被告が被告津田勇の兄であることは〔証拠略〕によつて明らかであるが、同証拠によれば、被告津田勇の本件事故当時の運転は被告会社の所用のための運転であつたことも明らかである。また、被告津田勇運転の車が被告会社の所有にかかるものであることは原告等の自認するところである。そうすると、被告津田正彦が時に被告会社の車を私用に使用することがあり、被告会社が事実上個人経営の性格が強いとしても(この点についてはこれを認めるに足る証拠はないが)被告会社従業員たる被告津田勇が社用のため被告会社所有の車を運行するのについて、被告会社のほかに、被告会社代表者個人もその運行を支配し、その運行によつて利益を受け、あるいはその運行につき責任を負うものとは考え難い。ことに、車両所有会社の代表者が兄であり、車両運転者が弟であるからといつて兄が弟の車両運行を指揮監督するという理は今日の法律観念上肯認しがたいところである。車両運行による利益も運行についての責任もともに被告会社に帰し、被告会社代表者たる被告津田正彦個人、あるいは運転者の兄たる被告津田正彦に帰するものではない。

したがつて、被告津田正彦を本件事故車両の運行供用者とする原告等の主張は理由がなく、同被告に対する原告等の請求は、その余の争点について判断するまでもなく失当である。

第四右交通事故による損害について

一  訴外亡吉野清喜の損害

(一)  治療費については右に認定したとおりである。

(二)  逸失利益について

(1) 原告等は、訴外亡清喜は本件事故当時満二八才の健康な男子で、原告ノブヱ・同常雄とともに農業を自営していたと主張し、同訴外人が本件事故当時満二八才の健康な男子で農業に従事し、精励な働き手であつたことは、〔証拠略〕によつて認めることができるけれども、右訴外人が農業を経営し、その経営による収益を自ら収めていた、いわゆる「自営」していたとの点については、〔証拠略〕を綜合すると、右農業の経営者は原告吉野常雄であつて、右訴外人は原告常雄の家族の一員として同人の経営する農業に従事していたものであることが認められる。

したがつて、右訴外人の死亡当時における収益力は、右農業労働に従事したことによる収益であつて、農業経営による収益には及ばないといはなければならない。もつとも、同訴外人の年令、〔証拠略〕によつて認められる原告常雄の年令、両者の続柄から見て、将来において右訴外人が右農業の経営者となり経営による収益を自ら取得し、その収益力が増加するであろうことは予測できないでもないがその時機、その額についてはなんらの主張も立証もないのでその点は慰藉料額の算定において考慮するほかはない。

(2) 〔証拠略〕によれば、原告常雄の昭和四四年における耕作反別は、農業委員会に届出たもの田五七・四四アール、畑五八・一六アール、農業委員会に届出しないで借受耕作していた畑約五七アールで、田に米作、畑に野菜及び煙草を栽培していたこと、そのほか親豚八頭により仔豚を生産飼育する牧畜を営んでいたこと、昭和四四年中における原告常雄の大村市農協仔豚市場への出荷は八四頭一、三二九、八五〇円であること、これら農業に要する労働の大部分(その七〇パーセント以上)を訴外亡清喜が提供していたことを認めることができる。右認定を左右する証拠はない。

(3) しかして〔証拠略〕によれば、長崎県における昭和四四年の一〇アール当りの米の生産費中家族労働費の平均は金一七、六七三円であることが認められるから、右訴外人の農業労働もこれを基準として算定するのが相当と考えられるところ、右米作面積五七・四四アールについての家族労働費は金一〇一、五一三円となる。しかして畑作における家族労働費も右米作についての家族労働費に準ずるものと考えることができるから、右畑作面積一一五・一六アールに対応する家族労働費を求めるとその金額は金二〇三、五二二円となる。

また、〔証拠略〕によれば、公表された統計資料による昭和四四年の繁殖豚生産費中家族飼育労働費は一頭当り租収益一二八、四七四円の場合、金九、六五九円であるとされていることが明らかである。この飼育労働費の数値は仔豚飼育の場合にもこれに準じて考えてしかるべきものと考えられるところ、右金一、三二九、八五〇円相当(租収益)の仔豚の出荷に至るまでの家族飼育労働費は金九九、九八一円である。

(4) 以上の家族労働費合計金四〇五、〇一六円中その七〇パーセントが訴外清喜に帰すべきものであるから、その金額は金二八三、五一一円となり、同金額が同人の農業労働に対する報酬(収入)と考えることができる。

(5) 農外労働による収入

〔証拠略〕によれば、訴外亡清喜は生前農閑期には日雇として働き、年間六〇日位日給一、五〇〇円以上を得、その収入は年間金九万円以上であつたことを認めることができる。

(6) 訴外亡清喜の生活費

当裁判所に顕著な資料である九州農政局長崎統計調査事務所編長崎農林水産統計年報昭和四四―四五年によれば、昭和四四年における長崎県内農家の世帯員一人当り家計費は、県平均において一六二、二〇〇円、長崎県東南部地域(大村市諫早市を含む)において一五七、二〇〇円であることが明らかであるから、訴外亡清喜も別段の事情がないかぎり、昭和四四年において右金一五七、二〇〇円相当の生活費を要したものと推計することができる。

(7) そうすると、訴外亡清喜は昭和四四年において右農業・農外収入合計金三七三、五一一円から、右生計費金一五七、二〇〇円を控除した金二一六、三一一円の純収入を得ていたものというべく、右に認定したように満二八才の健康な働き者の青年であつた同人は、若し本件事故によつて死亡しなかつたならばその平均余命(厚生省発表第一二回生命表によれば満二八才の男子の平均余命は四二・七五年である)の範囲内において満六三才に至るまで(三五年間)、その死亡前年たる昭和四四年時と同様の勤労に従事し、毎年同様の収入をあげることができたであろうことは経験則上推認できるところである。よつて、その将来にうべかりし利益につき、複式ホフマン式計算法により法定利率年五分の中間利息を控除して本件事故時における現価を計算すると、その金額は金四、三〇八、三六三円となる。すなわち、訴外亡清喜はその事故による死亡によつて同金額に相当する得べかりし利益を喪失したということができる。

(三)  過失相殺について

〔証拠略〕を綜合すればつぎの事実を認めることができる。

(1) 本件事故現場は大村より諫早に通ずる国道三四号線上で、その道路は幅員七・五〇メートル、歩車道の区別のないアスフアルト舗装の、平坦な直線道路で、車両の交通頻繁であること。

(2) 訴外亡清喜の被害車は農耕用テーラーで、本件追突をうける時は無灯火で後尾両端の反射鏡二個(直径八センチ位)は古く、中がよごれていて反射鏡の役目を全然果していなかつた。

(3) 本件事故当時は雲天、薄暮で事故現場附近には照明がなく暗かつたが、被告津田勇の運転車からは前照灯を下向きにした状態で、前方三〇乃至四〇メートルの障害物は発見可能であつた。

以上の認定事実から考えると、訴外亡清喜は右のような状況下の右国道を通行するには、危害防止のため反射鏡を整備するとか、前照灯をつけるとかして自車の存在を明瞭ならしめる処置をとることが普通に要望されるところであり、そうしたならばあるいは後続車からの発見を容易にし、本件事故を防止することができたかも知れない、ということができる。その意味において、訴外亡清喜にも若干の過失があり、その過失は本件事故と軽微ではあるが因果関係があるといわなければならない。したがつて、右訴外清喜の逸失利益による損害中、被告等において負担すべき額は、右訴外人の過失を斟酌して、金四〇〇万円とするのが相当である。

(四)  慰藉料

以上に認定した諸事情、ことに訴外亡清喜が働き者で、前途有為の青年であり、将来農業の経営者となる公算が大きく、年若い妻と、いたいけな二幼児を残して若い生命を失うにいたつた苦衷を考えると、その慰藉料は金二〇〇万円とするのが相当である。

(五)  訴外亡清喜の損害賠償請求権の相続

訴外亡清喜の死亡、同人と原告ノブヱ・同晃代・同泰三との続柄は前段認定のとおりであるから、訴外亡清喜の遺産たる右損害賠償請求権(逸失利益による損害金四〇〇万円、慰藉料金二〇〇万円計六〇〇万円)は同人の妻たる原告ノブヱ・同人の子たる原告晃代及び原告泰三の三名がその相続分(各三分の一)に従つて、それぞれ金二〇〇万円づつを相続取得したことが明らかである。

二  原告等各自の固有の損害

(一)  原告ノブヱの慰藉料

〔証拠略〕によれば原告ノブヱは昭和四二年四月訴外亡清喜と結婚し、晃代(事故当時生後一年五ケ月)・泰三(事故当時生後二ケ月)を設けた、事故当時二五才の若妻で、働き者である夫の扶助と愛情のもとに、これからの幸福な夫婦生活、家庭生活を期待できる状況であつたのに、二人の幼児を残して夫を喪い若い未亡人となつたものであることが認められ、これと前段認定の諸事情を考慮すると、その悲歎、精神的苦痛は甚大であつてその慰藉料は金一〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(二)  原告晃代・同泰三の慰藉料

前段認定のとおり、右原告等は幼児であつて現在は父の死亡をも理解しえない年令であるが、その長い将来を父の顔をも知らず、その愛撫も扶養も受けるすべがなくなつたことは同情に値する。

これらの事情と前段認定のとおり、父の損害賠償請求権を相続したこと等諸般の事情を考慮してその慰藉料は各自金五〇万円とするのが相当である。

(三)  原告常雄・同ミツの慰藉料

〔証拠略〕によれば、本件事故当時、原告常雄は五六才、原告ミツは五一才で、清喜・清美・正規・正剛・初子の四男一女、清喜の妻ノブヱ、孫晃代・泰三等と同居し、主として清喜の労働による農業経営の収入によつて生活を支えていたものであつて、原告常雄は病弱で、数年前より農業労働の多くを、長男たる訴外亡清喜にまかせており、原告ミツともども老後は右亡清喜の扶養を期待すべきところであつたのに、本件事故により、後継者とも一家の柱ともたのむ亡清喜の死に遭い、相当の精神的苦痛を受けたことが認められる。その他弁論にあらわれた諸般の事情(原告常雄が農業の経営者として相当の収入を得ることができること等)を考慮し、原告常雄・同ミツに対する慰藉料は各自金二〇万円とするのが相当である。

(四)  葬儀費及び石塔代について

訴外亡清喜の死亡により、原告常雄が喪主としてその葬儀を行い葬儀費として金二四九、〇〇〇円を支出し、同額の損害を受け、被告等が原告常雄に同金額の支払をしたことは当事者間に争がない。

原告常雄が、亡清喜のための石塔代として金二五一、〇〇〇円を支出したことは、〔証拠略〕によつてこれを認めることができるけれども、その石塔代の支出が本件事故と相当因果関係を有し被告等に賠償責任を生ずる損害となる点については、これを認めるに足る証拠がない。したがつて、この点に関する原告常雄の主張は採用できない。

三  損害の補償について

原告等が、右損害(治療費を除く)の補償として、自賠責保険から金五〇〇万円の補償を受けたこと、被告等から葬儀費金二四九、〇〇〇円を含めて現金五二五、〇〇〇円の支払を受けたことは前段認定のとおりである。

原告常雄は、右被告等支払金中金五〇万円は、葬儀費及び石塔代と指定して支払を受けたと主張するけれどもこれを認めるに足る証拠がないので右主張は採用しない。

そこで、右治療費・葬儀費を除いた補償額合計金五、二七六、〇〇〇円を、原告等の右に認定した損害額に応じて按分するとつぎのとおりとなる。

<省略>

四  弁護士費用

原告等が、本件訴訟行為一切を、弁護士神代宗衛・同山下誠に委任したことは本件記録上明らかであり、〔証拠略〕によつて明らかな本件訴訟行為の困難さ、各原告の年令・職業・被告等の本件損害の認否その他の応訴態度から見れば、原告等が各自みずから本件訴訟を遂行することはきわめて困難でありこれを弁護士に依頼することは止むを得ないところであると考えられるから、右原告等の弁護士に対する訴訟委託による失費は被告会社及び被告津田勇の右損害賠償請求に任意に応じない態度、したがつて、またさかのぼつて本件事故に基因するものというべく、右被告両名は連帯して原告等に対し、右失費を賠償すべき義務があるといわなければならない。

しかして、〔証拠略〕によれば、原告等は右弁護士に対する訴訟委任にあたり、右弁護士両名に対し、各自己勝訴額の一割を報酬として支払うことを約したことを認めることができる。

そうすると、原告等の主文掲記の勝訴額に照らし、右被告両名が原告等に支払うべき弁護士費用はつぎのとおりとなる。

原告別 勝訴額(前記損害額と弁護士費用の和) 弁護士費用(勝訴額の一〇パーセント)

原告ノブヱ 一、二三九、六八二円 一二三、九六八円

原告晃代 一、〇三三、〇六八円 一〇三、三〇六円

原告泰三 一、〇三三、〇六八円 一〇三、三〇六円

原告常雄 八二、六四五円 八、二六四円

原告ミツ 八二、六四五円 八、二六四円

第五結論

以上説示のとおりであるから、被告会社及び被告津田勇は、本件交通事故による損害の賠償として、各自、原告ノブヱに対し金一、二三九、六八二円、原告晃代・同泰三に対しそれぞれ金一、〇三三、〇六八円、原告常雄・同ミツに対しそれぞれ金八二、六四五円、及びこれらに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年三月一二日以降完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかである。

よつて、原告等の被告会社及び被告津田勇に対する本訴請求を、右の範囲において正当として認容し、その余の請求及び原告等の被告津田正彦に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条・第九二条・第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小島強)

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